アイロンパーマの歴史

2026.01.19

こんにちは大畑です

バーバースタイルで欠かせない存在がアイロンパーマ

今回はその歴史について紹介していきます

 

アイロンパーマは、日本の理容文化の中で独自に発展したパーマ技術であり、西洋から伝来したパーマネント技法を、日本人の髪質・生活様式に適応させる過程で生み出されたものである。その歴史は、単なるヘアスタイルの変遷ではなく、日本の近代化と職人文化の積み重ねを映し出している。

日本にパーマネント技術が伝わったのは明治末期から大正期にかけてである。当初は欧米で主流だったロッド式パーマが導入されたが、これは主に女性や中〜長髪向けの技法であり、直毛で硬く、短髪を好む男性が多かった日本では広く普及しなかった。特に理容店では、七三分けやオールバックといった短髪スタイルが主流であり、ロッドを巻く余地そのものが少なかった。

こうした背景の中、昭和初期、東京を中心とする理容師たちが試みたのが、金属製アイロンを用いて髪に直接熱を与える方法である。加熱したアイロンと薬剤を併用することで、短い髪にも強制的に癖をつけることが可能となり、これがアイロンパーマの原型となった。この技法は、短時間で施術でき、スタイルの再現性が高いという利点を持っていた。

戦前から戦後にかけて、アイロンパーマは全国へと徐々に広がっていく。特に戦後の高度経済成長期には、労働者人口の増加とともに、汗や湿気でも崩れにくい髪型への需要が急速に高まった。アイロンパーマは、帽子やヘルメットをかぶる現場仕事にも耐え、整髪料が少なくても形を保てることから、理容店の定番技術として定着していく。

この過程で、アイロンパーマは一つの技法にとどまらず、地域ごとに多様な派生形を生み出した。トップに立ち上がりをつけるための部分的な施術、前髪や分け目を強調する技法、さらには細かい縮れを全体に施す強化型へと進化していく。これらの改良の積み重ねが、後のパンチパーマやアイパーといったスタイルの誕生につながった

また、アイロンパーマの発展には、日本の理容師特有の職人文化が大きく関与している。理容技術は文献よりも、修業や口伝によって継承されることが多く、各地の理容師が独自の工夫を加えながら技術を洗練させていった。そのため、明確な発祥地や発明者を特定することは難しいが、東京を起点としつつ、全国で同時多発的に進化した技術と捉えるのが実態に近い。

現在では、化学薬剤や電熱器具の進化により、アイロンパーマはより安全で再現性の高い技術へと変化している。しかしその根底にあるのは、「短い髪をどう操るか」という日本の理容師たちの試行錯誤である。アイロンパーマの歴史は、日本人の髪質、労働環境、そして職人の創意が生み出した、まさに日本独自の理容技術史なのである。

 

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